最高裁判所第二小法廷 昭和39(あ)762 判決
主 文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
この裁判確定の日から三年間右の刑の執行を猶予する。
理 由
弁護人本郷桂の上告趣意は、違憲をいう点もあるが、その実質は事実誤認と単な
る法令違反の主張であつて、適法な上告理由に当らない。
然しながら、職権を以て調査するに、本件は、「被告人がその所有にかかる土地
家屋を被害者Aに売却するに当り、右家屋に抵当権(債権額二六万円)の設定登記
のなされている事実を秘匿し、そのため、そのような事実がないものと誤信して右
土地家屋を八五万円で買受けたAからその代金の内金名下に六二万円を騙取した」
との事案につき第一審が被告人を懲役八月に処し、原審がこれを是認した事案であ
る。然しながら、被告人の経歴、その年令、本件犯行の動機、犯罪の手段、態様、
取得した金員の使途状況等諸般の情状に照らすと、原審の支持した第一審判決の刑
は重きに失するものと認められる。すなわち、記録を精査するに、被告人は本件当
時五六才に至るまで前科、非行歴なく、その妻の重病(癌)、長女の精神病治療の
為、家産傾き、借財を負うに至つたものであり、被告人は右借財整理のために、そ
の所有にかかる本件土地及び家屋を手離すこととし、その売買周旋を不動産取引業
Bに依頼したのであるが、その際、その表現は不正確ながら、同人に対し右物件はC
農協、D旅館、E銀行a支店、Fの四軒から借りた金の抵当に入つておる旨告知してお
り、Gに対する債務について設定せる抵当権のみは黙秘したけれども、この債務に
ついても、当時、被害者Aに負担を負わしめないよう、別に被告人の所有せる土地
(a町bのc番地、二九坪三合)に抵当権を移してもらうか、或はこれを第三者に売
却することにより解決しようとの目算を有していたものであり、本件取引において、
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右抵当権の存在のみを故意に秘匿せる点において本件詐欺罪の成立を見たのは止む
を得ないとしても、その犯意たるや、悪性弱きものと認められるのみならず、被告
人は取得せる対価八十万円(手数料五万円を除く)の殆どすべてを前記F等に対す
る債務の支払に当てており、遊興費等に費消しておらず、他方、被害者Aが本件に
おいて支出せる金員は前記八五万円とGに対して被告人に代つて弁済した三三万円
の合計一一八万円であるところ、その取得せる本件土地建物の当時の時価は一〇〇
万円を超えるものであつて、実損の程度は二〇万円に達しないものと解せられる外、
被害者は本件取引に当り登記簿を調査する配慮に欠け周旋人まかせであつた点にお
いて手落ちなしとはいえず、犯行後被告人は実害発生防止のため誠実に努力したの
ではあるが、その生活はいよいよ窮乏の度を加え、昭和三七年一〇月(起訴同三八
年五月三〇日)からは生活扶助を受ける程の経済状態であつたため、被害弁償もで
きなかつたもので、現に満六〇才を越えるその年令、健康状態等を併せ考えれば、
原判決の支持する第一審判決が被告人を懲役八月の実刑に処したのは量刑不当であ
つて、本件は、刑の執行猶予を言渡すべき事案であり、刑訴法四一一条を適用すべ
きものといわざるを得ない。
よつて刑訴法四一一条二号により第一審判決およびこれを維持した原判決を破棄
し、同四一三条但書に則り更に次のとおり判決する。原判決の支持する第一審判決
が適法に確定した事実に法律を適用すると、被告人の所為は刑法二四六条一項に該
当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、なお前示情状に鑑
み同二五条を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、第一審、
原審並びに当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書により、これ
を負担させないこととし、主文のとおり判決する。
右は裁判官全員一致の意見である。
検察官 臼田彦太郎出席
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昭和四〇年四月三〇日
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 奥 野 健 一
裁判官 山 田 作 之 助
裁判官 草 鹿 浅 之 介
裁判官 城 戸 芳 彦
裁判官 石 田 和 外
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